<html><head><meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS"><title>予期について [1/2]：芸術性理論研究室 metaforce iconoclasm</title></head><body bgcolor=#FFFFFF background=bg.jpg text=#303030 link=#303030 vlink=#505050><font size=2><a name=top></a><div align=center><strong>芸術性理論研究室<br><font size=3 color=#646f76>M<font color=#667077>e</font><font color=#677279>t</font><font color=#68757c>a</font><font color=#60777e>f</font><font color=#717b82>o</font><font color=#747e85>r</font><font color=#7a8389>c</font><font color=#80898f>e</font><font color=#889096> I</font><font color=#8e9698>c</font><font color=#959da1>o</font><font color=#9ea5a9>n</font><font color=#a7adb1>o</font><font color=#b0b6b9>c</font><font color=#b6bcbf>l</font><font color=#bdc2c5>a</font><font color=#c7c8ce>s</font><font color=#d6d9da>m</font></font></strong></div><div align=center><font size=1>[<a href=../index.html>HOME</a>]<br>&or;<!--#include file="./2007.txt" --><br>[コラム] 08.21.2007</font></div><div><font size=1>─</font><br><strong><font size=3 color=#12123d>予期について [1/2]</font></div><div align=right><font color=#351923>ayanori [高岡 礼典]</font></strong><br><font size=1>─</font></div><div align=center><font size=1>【 頁：1：<a href=082107-2.htm> 2 </a> 】</font></div><font color=#12123d><p>　面前に二枚の写真が並んでいるとします。一枚目は何かの映画の一コマのようです。男性と風景が撮影されています。二枚目のほうは筐体のない無骨な機械が写っています。一枚目に写るその男性のような人物はフレーム外へと視線を向けながら微笑み、背景には良くある繁華街らしきものが見えます。一方、機械のほうは、ギア、カム、ベルト、チェーン、モーターやシリンダー等がどのように組み合わされているのか、その配置関係を確認できるのですが、既存の用途・目的のために作られたものではないようです。</p><p>　このような二枚の写真の前に立たされる時、私達は様々な予期の種を知ることができます。機械の写真のほうでは、それが無目的に作られたものであったとしても、工学の知識や重工業の作業経験さえあれば、「どのような動作をするものなのか」次場面に起こりうるひとつの可能性に対し確定的に見当をつけることができますが、人物写真ではそれができません。その男性の笑みは改札口を出た恋人に対してのもので、次のシーンではフレーム内にもう一人の登場人物が増えるかもしれませんが、突然に射殺されないとも限りません。当然、予期不可能なハザードの可能性は機械写真にもあります。しかし、起こりうる可能性の縮減性は風景写真以上に機械写真のほうが高いように思えます。ここでは写真や絵画と鑑賞者との対峙によって生まれる相対的な複雑化への関係を「スティルの外延」と呼んでおきたいと思います。</p><p>　古来よりある選択原理を用いての行為描写では「複雑性の縮減」だけが積極的に扱われますが、生得性を捨てた者達はその拡大現象を第一に描かなければならないはずです。それがお座なりにされる理由は結局のところ「才能や知力」などといった教授不可能なものに委ねなければならないためなのですが、予期することのない日常などないので、多少はその方法へと向かいうるラディカリズムないしは叙述のようなものがあってもよいと思います。</p><p>&gt;&gt;<a href=082107-2.htm>次頁へ進む</a></p></font><font size=1><div align=center>【 頁：1：<a href=082107-2.htm> 2 </a> 】</div><!--#include file="./footer.txt" --></body></html>