<html><head><meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS"><title>無題と匿名 [1/2]：芸術性理論研究室 metaforce iconoclasm</title></head><body bgcolor=#FFFFFF background=bg.jpg text=#303030 link=#303030 vlink=#505050><font size=2><a name=top></a><div align=center><strong>芸術性理論研究室<br><font size=3 color=#646f76>M<font color=#667077>e</font><font color=#677279>t</font><font color=#68757c>a</font><font color=#60777e>f</font><font color=#717b82>o</font><font color=#747e85>r</font><font color=#7a8389>c</font><font color=#80898f>e</font><font color=#889096> I</font><font color=#8e9698>c</font><font color=#959da1>o</font><font color=#9ea5a9>n</font><font color=#a7adb1>o</font><font color=#b0b6b9>c</font><font color=#b6bcbf>l</font><font color=#bdc2c5>a</font><font color=#c7c8ce>s</font><font color=#d6d9da>m</font></font></strong></div><div align=center><font size=1>[<a href=../index.html>HOME</a>]<br>&or;<!--#include file="./2006.txt" --><br>[コラム] 12.08.2006</font></div><div><font size=1>─</font><br><strong><font size=3 color=#12123d>無題と匿名 [1/2]</font></div><div align=right><font color=#351923>ayanori [高岡 礼典]</font></strong><br><font size=1>─</font></div><div align=center><font size=1>【 頁：1：<a href=120806-2.htm> 2 </a> 】</font></div><font color=#12123d><p>　私がまだ<a href=../icon/index.html>美術活動期</a>にあったころ、作品のタイトルを無題とする行為は無責任な表現者による怠慢だと思っていました。とくに美術や音楽は未制度の言葉を並べるコミュニケーションになるので、理解の糸口をひとつでも増やそうとしない自己封殺は他者を知る力がない稚拙な戯れのように思え、許されざるタブーとして自身の枷にしていました。それが如何に自己を中心に据えなければならない芸術活動であったとしても、他者一般の概念すらない者による行為では「自然美と芸術」の区別を不必要にしてしまいます。</p><p>　しかし資本主義によって量産技術が拡充された現代は複製されたモノ達によって古典的な唯名論が無効になりかけてしまい、それに抗う気概のない似非アーティストらは今日も次から次へと名もなき徒花を咲かせ続けています。またインターネットが普及した私達の時代は筆名すらない匿名による被害が蔓延しています。そこでこのコラムでは無題と匿名主義について述べておきたいと思います。</p><p>　作家名(所在)と作品のタイトルを求める倫理は統合律が既にある時代に生まれた者らによる病かもしれません。それ故に現代において基本情報の全隠蔽的な創作活動を続ける作家達は自由に振る舞う本来的なアーティストであるかのように思われる方がおられるのではないでしょうか。明確な著作権の主張もなく場に痕跡を残していく関わり方は没双方向的なアプローチによって、コミュニケーションの継続性を無効にしつつも、そのひとつであると思えるためです。しかし理想的なコミュニケーションとは伝達／被伝達がそれぞれ一回以上のレスポンス期待ができるものを指します。表現者に最初のアプローチに対するオーディエンスの反応、そしてそれに対する表現者による回答。前者の反応によってオーディエンスが、後者の回答によって表現者が、それぞれ他者を知ることができる観察者として社会的に定義されます。&gt;&gt;</p><p>&gt;&gt;<a href=120806-2.htm>次頁へ進む</a></p></font><font size=1><div align=center>【 頁：1：<a href=120806-2.htm> 2 </a> 】</div><!--#include file="./footer.txt" --></body></html>