<html><head><meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS"><title>可塑性について [5/5]：芸術性理論研究室 metaforce iconoclasm</title></head><body bgcolor=#FFFFFF background=bg.jpg text=#303030 link=#303030 vlink=#505050><font size=2><a name=top></a><div align=center><font size=1>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>&or;<br>[<a href=../index.html>研究レポート目次</a>]<br>&or;<br>[016]</font></div><div><font size=1>─</font><br><strong><font size=3>可塑性について [5/5]</font></strong></div><div align=right><font size=1>─</div><div align=center>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：<a href=2.htm> 2 </a>：<a href=3.htm> 3 </a>：<a href=4.htm> 4 </a>：5 】</font></div><p>&gt;&gt; 貫通は述べるまでもなくその自他肯定の強度が最も励起している状態を前場面に迎えなければならないために劇的であるかのように思える。しかしそこにある排他力は詩的を超えた構図にある。粘土を指先で貫通した場合、着目すべきは貫いた指先だけではなく、粘土の手前にある自身と、それでもなお粘土に包囲されている関節部分である。それは弾性における二重の自己肯定以上の意味がある。愛撫の終わりにある他者の拒絶は否定ではなく受容否定であって、単なる自己肯定でしかない。しかし指を用いての貫通は粘土と接している関節部分が相愛を保持したままなので、身体と指先による二重の自己肯定は二重の他者否定、否、自他パラドクスの否定となり、問いに対する答えのように他者否定に必然力を与えてしまうのである。その貫通がトンネルを抜けるように粘土(他者)を通過点とするようなものになると、相愛の過去化が概念を呼び、空環境に包囲されている自己肯定によって劣化され、その排他力の強度は更に固定化していくことになる。</p><p>　ここから我々は貫通することのない可塑性自体、例えるなら女性原理について学ぶことができる。述べるまでもなく截然とした前景と背景をもつ開示的な男性器とは異なり、隠蔽的な女性器(や肛門)にそれはない。初めから限界を与えられている男性器に対して女性器は異物の挿入によって、相補的に内性器の境界を探り出さなければならない。女性器を図説する際に大陰唇や小陰唇、陰核や尿道口といった外部構造だけを描いても満足な回答とはいえない。卵巣や子宮の存在を示さなければならない。そして『膣』を描かなければならない。膣は通常不可視のものでありながら、不特定な対象を密封することのできる可塑的な弾性体である。そのため膣自体に境界などなく、それは機能体であるといえる。そのためそれを図で示そうと、解剖によって部位を剔出して面前に差し出そうと、普遍的な首肯は得られないことだろう。そこに明確な膣口があろうとも、それは構造的形式でしかなく、観察者自身による断続的な接触挿入によって可塑性の触覚的発現が行なわなければ、膣の同定は不可能である。女性器は視覚による把捉を拒否しながらも自他分化のシークエンスに他者の介在を必要にするという意味で、粘土やプラスティック以上に可塑的な構造である。しかしそれは必ず概念を要求するため超越的である。ここではモティーフになりえないそれを超構造と呼びたい。</p><p>　一般に観察とは経験科学の領域でのみ用いられ、妥当性を得ることのできる行為概念である。しかし視覚と触覚の間にある架橋しがたい質差に気付いた者にとって、演繹は閉じた特殊存在の前では帰納化され脱普遍化された無力であることを思い知らされる。そのため「超構造」なるジャーゴンが必要となるのである。女性器は不可視の可塑性を本有する膣の超構造性によって、心的な素材といえる。それがふたたび閉じてしまうものであったとしても、視覚なき触覚の残余がかつて挿入されていた対象との視覚的邂逅によって不即関係で対応化され、姿なき構造である女性器は、それを有する者にとっては、肌とは異なる臨心する可塑物なのである。</p><p>　ここで、それは観察対象ではなく分析しなければならない素材であることが明らかになった。次に我々は有機的な産出現象を正しく描写するための道程へと誘われるように回帰しなければならない。古来より智のジェンダーが女性である妥当な所以を堅持するために。</p><p align=center><font size=1>METAFORCE ICONOCLASM 2007<br>ayanori [高岡 礼典]</p><div align=center><font size=1>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：<a href=2.htm> 2 </a>：<a href=3.htm> 3 </a>：<a href=4.htm> 4 </a>：5 】</div><div>─<br>─</div><div align=right>&copy; <a href=../../copy.htm>ayanori.jp</a><br>─<br>─<br>[△<a href=#top>PAGE TOP</a>]<br>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>[<a href=../../map.htm accesskey=0 directkey=0 nonumber>MAP</a>]</div></font></font></body></html>