<html><head><meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS"><title>定着と剥離 [3/5]：芸術性理論研究室 metaforce iconoclasm</title></head><body bgcolor=#FFFFFF background=bg.jpg text=#303030 link=#303030 vlink=#505050><font size=2><a name=top></a><div align=center><font size=1>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>&or;<br>[<a href=../index.html>研究レポート目次</a>]<br>&or;<br>[017]</font></div><div><font size=1>─</font><br><strong><font size=3>定着と剥離 [3/5]</font></strong></div><div align=right><font size=1>─</div><div align=center>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：<a href=2.htm> 2 </a>：3：<a href=4.htm> 4 </a>：<a href=5.htm> 5 </a> 】</font></div><p>＊＊</p><p>　屋内へと戻り、飲みかけのグラスをコースターの上に置いてみる。コーヒーカップをセットになっている皿の上に置いてみる。無造作に投げ捨てられているフィギュアを丁寧にポージングを施し、台座の上に飾ってみる。そしてそれらをテーブルの上に並べ、同じテーブルの上に自身も手をのせてみる。たったこれだけの体験で地(面)が定着と繋辞を担っていることを知るだろう。理解しにくければ、カップを皿から降ろしてみるとよい。テーブルの上へと直に置かれたカップを暫く眺めた後に、再度、皿の上へ戻してみる。暫定的に手の原・定着相を担うテーブルの上面へと直接的に配置されたカップは「手が置かれている地の位格の延長上」が「連続」を含むために存在等級、否、存在ニッチの同等化が可能となり、単一結節によって相互到達が保障される。しかし皿の上へと戻されたカップは存在の跳躍を行なわなければ、到達不可能な異界者である。それは「私とテーブルの上にあるカップ」ではなく「私とカップをのせた皿」である。台座の上に飾られたフィギュアは、飾られた刹那に最早現在形の『私』と世界共有のない準超越者となる。「台座と私」に含まれる「私」がフィギュアを手に取るには、現在世界の跳躍ではなく、脱定着による世界再構成・自己の再定義によって、台座を地(面)へ含ませるか、新たな定着相を見出さなければならない。「フィギュアをのせた台座」の「フィギュア」と「私」が並列へと編成されていくシークエンス内にはリミナリティー跳躍的な記述は当てはまらない点に留意する必要がある。この場面の要素には襖を超える以上の意味がある。それは冒頭で述べた『上方の無限、下方の無』について正しく吟味・理解する必要がある。そもそも下位幅のない垂直記述は単純な矛盾である。無限に幅があるのならば、この上位には尺度によって下位概念を含意・内包しているはずである。しかし、それでもなお「下方の無」とするのならば、この命題は不可逆なアスピレート相を形容していると理解すべきであり、従って原空間に垂直軸が有り得ないことの示唆と解釈すべきである。水平移動による回帰的な再帰は可逆性を必要とする垂直移動による再帰とは原理を異にしている。回転運動を波形で表現できるように、後退場面を用意することなく有機性を得ることができるはずである。ここで我々は垂直軸とともにパースペクティブをも失ってしまったことに気付く必要がある。つまりX軸とZ軸による水平延長こそが原・空間相であるということである。それが地面との共働によって地(面)を創発し、自己強度を自充することによって『ボリューム一般』を獲得している。その積性が無限に自己へと還元されるために、プロダクトは哲学にとって科学ではなく超形而上学となり、皿の上にあるカップを難なく手に取ることができなくなってしまうのである。</p><p>　我々は定着相の再構成をしなければならない。ます始めにカップをのせた皿の上に自らも手をのせてみる。そしてカップの方へ、ゆっくりと手を滑らせていく。指先がカップの底に触れた瞬間に初めてそれが存在者であることを知るだろう。コーヒーカップを見ているといった視覚把持はカップの地(面)に権威を与えているに過ぎず、皿の上へ手をのせることによりカップとの繋辞を確保し、カップに触れることによって、自他往還の反照強度知を構成しなければ、それを「コーヒーカップである」と記述するは不可能なのである。そして最も記述困難な場面は日常普通に行なっている「手に取る」シークエンスにある。&gt;&gt;</p><p>&gt;&gt;<a href=4.htm>次頁へ進む</a></p><div align=center><font size=1>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：<a href=2.htm> 2 </a>：3：<a href=4.htm> 4 </a>：<a href=5.htm> 5 </a> 】</div><div>─<br>─</div><div align=right>&copy; <a href=../../copy.htm>ayanori.jp</a><br>─<br>─<br>[△<a href=#top>PAGE TOP</a>]<br>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>[<a href=../../map.htm accesskey=0 directkey=0 nonumber>MAP</a>]</div></font></font></body></html>