<html><head><meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS"><title>相愛 [3/4]：芸術性理論研究室 metaforce iconoclasm</title></head><body bgcolor=#FFFFFF background=bg.jpg text=#303030 link=#303030 vlink=#505050><font size=2><a name=top></a><div align=center><font size=1>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>&or;<br>[<a href=../index.html>研究レポート目次</a>]<br>&or;<br>[018]</font></div><div><font size=1>─</font><br><strong><font size=3>相愛 [3/4]</font></strong></div><div align=right><font size=1>─</div><div align=center>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：<a href=2.htm> 2 </a>：3：<a href=4.htm> 4 </a> 】</font></div><p>&gt;&gt; それが「私」が『貴方』をも、「貴方」が『私』をも意味内包している「私と貴方」の場合には、「私と貴方は私と貴方である」という命題は自他性を失うことになる。これは組み合わせの問題ではなく、厳密なメタレベルが『私と貴方と私と貴方は私と貴方と私と貴方である』になり、構造上の自他性が便宜上不必要になるためである。前場面で確約されたものへの定義項の追加はここでは並立関係を融解させ、私を意味する私達を構成する。それは深淵する二元性に守られた自他分化を保持したままの疑似同化といえるだろう。</p><p>＊＊</p><p>　ここから恋人達は愛へと臨み始めることになる。必要なものは他者を味わう舌であり、味蕾を具えた触覚器官である。本論考で求めている相愛現象が満充の自他同化ならば、我々は性交場面や唇を重ねるだけの接吻に満足できないはずである。なぜなら触覚のみによる自他構成は自己延長の前提により、自己形式が絶対化してしまい、及びうる範囲は自己否定の含意による他者か、もしくは不可知の知で終止してしまうためである。触覚の権能をどれほどに働かせ応用しても、触知から「ふれている」という形式知を除外することはできない。そこに境界喪失的な脱自性を見出せたとしても、自己という単一性を超えるものなどない。脱自が論理どおり現象化された場合、それは単なる「新しい自己」などではなく、「過去を思い出せない新しい自己」になる。仮に境界突破が脱自の実様相ならば、それは自己の再構成でしかなく、当然的な生の有り様でしかない。自己の超越が内から外へという方向的な転移記述に妥当するなら、脱自完了後も過去の自己との互換性が残ることになり、なんらの脱却性もなければ、死もなく、誤った形容になる。脱自とは未包摂な現象原理の創発であり、過去把持も未来への予見もない洶涌者の第一場面である。そのため「過去の自己」として構成されるものがあったとしても、それは自己へと配分されるような内容記述のない非具象項になる。それは他我性が見出される対象としての『過去の自己』である。脱自者にとっての現象原理が二人の間隙を空間化する第三の系によって担われるとするのならば、『過去の自己』とは他者一般に包摂されるような超越的な位置価が与えられ、前場面での情動記述は想起ではなく期待のみになるはずである。</p><p>　ここで脱自者は忘我によって『過去の自己』と対峙する。この段階までならば神との合一を目論む神秘主義者らの論理記述と何ら変わるところがないのだが、相思する二人による脱自はエクスタシスを超える場面があることを忘れるわけにはいかない。相愛とは無限の超越者へ向かっての超越ではなく、超越域に位置する有限の他者へと臨む超越であることに留意できるなら、『過去の自己』と同様に『過去の恋人』とも出会わなければならない。それは単純な他者の描写ではなく、『過去の自己』へと無矛盾に包摂されなければならない。なぜなら相思する二人による脱自は、二人ではなく一人の脱自者が誕生しなければならないためである。この局面は二人の行為の完全連動を必要とするため、介在性あるケリュグマ空間では現象不可能である。ここに味覚的な触覚器官である『舌』が必要とされる重要な所以がある。相愛とはその多くが舌によるミスリードによって現象化される社会的なロマンティシズムである。その論理場面を以下に確認し、『私と貴方』を単一化へと終結したい。</p><p>＊＊＊</p><p>　日常生活における我々は「舌」という器官を味覚を司るものとして特化しているかもしれない。しかしそれは手の構造・機能と視覚認識を発達させてしまった人類特有の先入見でしかない。多くの動物種が細やかな対象操作を舌によって行なっている事実を鑑みるなら、それは味覚以前に触覚器官の筆頭であることが分かる。&gt;&gt;</p><p>&gt;&gt;<a href=4.htm>次頁へ進む</a></p><div align=center><font size=1>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：<a href=2.htm> 2 </a>：3：<a href=4.htm> 4 </a> 】</div><div>─<br>─</div><div align=right>&copy; <a href=../../copy.htm>ayanori.jp</a><br>─<br>─<br>[△<a href=#top>PAGE TOP</a>]<br>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>[<a href=../../map.htm accesskey=0 directkey=0 nonumber>MAP</a>]</div></font></font></body></html>