<html><head><meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS"><title>肌と肌理 [2/4]：芸術性理論研究室 metaforce iconoclasm</title></head><body bgcolor=#FFFFFF background=bg.jpg text=#303030 link=#303030 vlink=#505050><font size=2><a name=top></a><div align=center><font size=1>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>&or;<br>[<a href=../index.html>研究レポート目次</a>]<br>&or;<br>[019]</font></div><div><font size=1>─</font><br><strong><font size=3>肌と肌理 [2/4]</font></strong></div><div align=right><font size=1>─</div><div align=center>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：2：<a href=3.htm> 3 </a>：<a href=4.htm> 4 </a> 】</font></div><p>&gt;&gt; 一般的に自己の肌とは内外の区別がないものを周辺に位置付けたものである。肌の外側を感じ記述できたとしても、構造的に自明であるはずの内側を日常の我々は描写困難としている。単一視点の営みを反照させたとしても、肌の始まりを認められる同心円などない。始まりを欠き、終わりある肌は既存するどの時間論的『永』概念にも当てはまることなく、新たな延長性のアイディアを希求している。そのため自己の肌は没単位的となり、観察対象ではなく、超構造体のひとつとして数えられる。手袋の体験によって知覚・創発するパラドクスは、この肌の超構造性を破るかのように思えるが、それでもなお肌は把持を免れ、自己の延長の末端で所在を隠蔽している。構造的な相即性があるにもかかわらず自己の皮膚は表れ出ない。ここで伝統的な対自概念は何の効力もなく、自己の裏側へとすり抜けていく。そもそもの即自点がない肌を二元論によってバインドすることなど不可能なのである。</p><p>＊＊</p><p>　そこで我々はいま一度、視覚を停止させる必要があるように思える。肌を触覚へと純化し、その本来性を知るためである。一片の光もない完全なる暗闇の部屋を用意する。立つか寝るかの体勢は問わないが、一点の光源・一点のLEDすら点灯していない闇ならば、自己を相対的に位置付ける視覚定点がないために、一瞬間、見当識が揺らぐかもしれない。しかし地(面)との不即性により、即座に触覚環境構成へと臨み始め、自己の位置価は安定していくことだろう。連動性の公理によって「安定する」ではなく『安定していく』である。触知の第一性によろうとも、暗闇における自己の座標は上下左右といった方位記述が不可能なためである。この状況において、初めて触覚環境を知ることができる。手足を動かし、もがいてみる。自己の移動を許す行為可能域・テリトリーの確保・拡張である。予め可能の可能を描いたうえで行なう視覚との連鎖とは異なり、触覚のみに立脚した単一運動は原初的な環境概念を知ることができるはずである。</p><p>　腕を振り上げ、もとに戻してみよう。通常なら、振り上げた先の点ともとに戻した点とを結ぶ線分は、前場面の運動によって行為可能域として確定的に定義されるかもしれないが、暗闇での同運動は何事もなかったのごとく還元していくかのようである。振り上げによる開拓行為を振り下ろす動作によって打ち消していく知の喪失・忘却のようである。しかし闇を遷移する腕を注意深く叙述してみると、それは否定ではなく、現在限定的な肯定運動であることが分かる。闇は視覚把持を奪うと同時に、触覚の観察的な自己言及性を禁止する。触覚のみに統一された運動は「動き移動している自己」を認められても、具体的にどのように手足を動かし「どこからどこへ」動いたのか、その座標記述が不可能なため、前場面の確保ができず、文脈記述が破綻しかけることになる。触覚運動という語に含まれる「運動」は通常の運動概念には当てはまらない。自己の閉鎖的なダイナミズム・疲労も、知覚する大気の肌理も、地平を切り開くことなく、自己を常に同一記述へと没風景化してしまう。振り上がっていく腕は行為可能域の拡張を意味する以前に、行為概念を現象化することなく、変わりない自己の腕という普遍の中で世界を無効化していく。闇への潜伏は『動作なき作動』を続ける自体運動を全体化してしまい、指示代名詞の対象になる環境内容の定義項を形容可能外へと追放し、自らもその被定義項を抹消していく。光を奪われた刹那にある者は視覚知による言明的なリスクを恐怖とともに訂正し、本来的な平衡へと至る。&gt;&gt;</p><p>&gt;&gt;<a href=3.htm>次頁へ進む</a></p><div align=center><font size=1>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：2：<a href=3.htm> 3 </a>：<a href=4.htm> 4 </a> 】</div><div>─<br>─</div><div align=right>&copy; <a href=../../copy.htm>ayanori.jp</a><br>─<br>─<br>[△<a href=#top>PAGE TOP</a>]<br>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>[<a href=../../map.htm accesskey=0 directkey=0 nonumber>MAP</a>]</div></font></font></body></html>