<html><head><meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS"><title>懐胎と分娩 [2/5]：芸術性理論研究室 metaforce iconoclasm</title></head><body bgcolor=#FFFFFF background=bg.jpg text=#303030 link=#303030 vlink=#505050><font size=2><a name=top></a><div align=center><font size=1>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>&or;<br>[<a href=../index.html>研究レポート目次</a>]<br>&or;<br>[021]</font></div><div><font size=1>─</font><br><strong><font size=3>懐胎と分娩 [2/5]</font></strong></div><div align=right><font size=1>─</div><div align=center>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：2：<a href=3.htm> 3 </a>：<a href=4.htm> 4 </a>：<a href=5.htm> 5 </a> 】</font></div><p>&gt;&gt; そのため、如何に自律的であろうと、それは「蠢き」以上の意味を有しない。留意すべきは母と胎児の関係は主従でも対等でもなく、乖離にある点である。胎児は人への定義活動の最中にあり、母は既に始まりを通過した自覚者である。母にとって胎児の心音は自己の拍動と同類に位置する臓器表情のひとつになる。自己の身体構造を構成する個々の細胞群にみられる自律運動と同様に、子宮内膜を蠢く胎動も母の制御外に位置しつつ、地(面)なき関係を維持するので、胎児は母にとって母体の部分として記述される。仮にそれが母体の生命を脅かす存在であったとしても、病の初段階を攻撃ではなく自己の謀反として描くように、部分は自体的に他者へと成れず、「蠢き」は自己組織へと組み込まれていく。</p><p>　受精卵の着床によって始まる胎盤の形成過程は「蠢き」のひとつになりうるかもしれない。初期段階で起こる母性・母体変化の知覚的な潜在域に、血肉を再構成する指示情報があるとするのならば、孕む者は初めから自己を客体構成していると期待できる。下腹部内部に位置する子宮の、更にその内奥から張り付くかのように成長していく新しいもうひとつの膜状組織が内壁を圧迫把持していれば、母はそこに自己身体からの干渉を読み取り、反省的なモードシフトを確保するはずである。それがやがて、胎児の成長とともに、多くの消化器官類を押しやりつつ、腹部上方へと大きく内部侵犯してくると、身体の構造変化をも黙視できなくなり、母は自己客体と自己との平衡を模索し始める<font size=1>(*)</font>。この自己言及的な自己操作は、自体的な相互性があり、二度目の主語が先行する主語と意味を同じくしないため、&ldquo;&nbsp;self-interaction&nbsp;&rdquo;と呼ぶべき場面である。</p><p><font size=1>(*)　例えば、ヘッドフォンを装着してみる。耳元からのびていくコードが胴体シルエットの外部へ延長した途端、それまでの「人」は「人」ではなくなる。「ヘッドフォンを装着した人」は日常を失い、コードが引っ掛からないような行為を繰り返さなくてはならず、環境の意味も変化してしまう。自己身体の構造は行為規範の最小に関わっていることを忘れてはならない。</font></p><p>　臓器発生段階にある母体と母は、構造的な相互依存性によって、自己の会話空間を構成しているが、堕胎の自由と流産の可能性・不自由によって厳密性を欠いているかのように思える。しかしここでは「知識」には触れず、胎動における重要な曖昧性について確認しておきたい。それは羊水の介在が「蠢き」へ、どのような充足契機を与え及ぼすのかという問いである。前論の『オルガスム<font size=1>(*)</font>』で論じ確認したように、一般経験であろう「蠢き」の多くは、「蠢くもの」と「蠢かれ、蠢かすもの」とは間隙なき密接関係にあり、一対一対応の運動は連続文脈を構成していく。管は空洞による内部接触の可能性があるにもかかわらず、自己知へとは至らず、その知覚発現の契機は異物を必要とする。停滞／通過の区別なく、管は量化した異物を包み込み、異物のボリュームに圧迫されることによってのみ、その存在を知覚から認識へと導かれる。途切れることのない管の存在性は、途切れることなく異物を異物化していく。射精や排泄、食道の通過等に必ず終わりがあろうと、一般的な「蠢き」は有る限りは有り続け、最小単位なき接触の全体性によって激しく自己を揺り動かす。これは一定量を維持する異物を密封する場合に妥当する描写であり、ここでは&ldquo;&nbsp;solid-wriggle&nbsp;&rdquo;と呼び、胎動とは区別したい。胎感は大きく分けて、羊水と胎児の二種類の質・強度・ボリュームによって構成されるため、&ldquo;&nbsp;solid-wriggle&nbsp;&rdquo;にはない飛躍場面がある。上述した胎盤把持が空想、もしくは臓器へと平衡した後は、胎児の触知を阻む羊水の認識理解へと段階移行することになる。</p><p><font size=1>(*)　拙論『<a href=../020/index.html>オルガスム</a>』参照。</font></p><p>&gt;&gt;<a href=3.htm>次頁へ続く</a></p><div align=center><font size=1>【 頁：<a href=index.html> 1 </a>：2：<a href=3.htm> 3 </a>：<a href=4.htm> 4 </a>：<a href=5.htm> 5 </a> 】</div><div>─<br>─</div><div align=right>&copy; <a href=../../copy.htm>ayanori.jp</a><br>─<br>─<br>[△<a href=#top>PAGE TOP</a>]<br>[<a href=../../index.html>HOME</a>]<br>[<a href=../../map.htm accesskey=0 directkey=0 nonumber>MAP</a>]</div></font></font></body></html>